「再生医療をもっと身近に、もっと利用しやすく」。これは、ロート製薬が掲げてきたスローガンです。
2013年に立ち上げた専門部署で本格的に再生医療に取り組みはじめ、2017年には日本で初めて肝硬変を対象に幹細胞製剤を使った治験を開始。医療に貢献することを目指すと同時に、その技術を、多くの人が日常的に使う目薬やスキンケアにも生かせるよう、研究を進めてきました。
大学や研究機関とも協力しながら、全身のさまざまな病気に対して治験を実施する中、高品質な幹細胞を安定して培養する技術を確立。そこから生まれる安全性の高い幹細胞は、国内外のメーカーやクリニック、研究機関などから求められ、新たなビジネスへと成長しています。
今回は、そんなロート製薬の再生医療の今をリポート。新しい分野へと広がり、進化を続ける最前線をお伝えします。
<目次>
語ってくれたのは、
研究開発担当 ロートネーム:タッキー
再生医療とは、機能しなくなった組織や臓器に対し、細胞を積極的に利用して、その機能を再生させる医療のこと。そこで主に使われるのが、iPS細胞やES細胞をはじめとする“幹細胞”です。幹細胞には多くの種類があって、それぞれ性質に違いはあるものの、いずれも「自分のコピーを作れること」、「自分を違うものに変化させられること(=いろいろなものになれる)」という2つの能力を持っているのが特徴です。
加齢とともにその数は少なくなりますが、人間の身体にはたくさんの幹細胞が存在し、さまざまな臓器や組織、細胞の元となり、それらが常に新鮮な状態であるよう、生まれ変わりを繰り返しています。傷ついた部分や機能が修復されて回復するのも、実は幹細胞のおかげなんですよ。
数ある幹細胞の中でも、ロート製薬が注目しているのが“間葉系幹細胞”※1。骨髄や胎盤、脂肪など、身体の中のいろいろなところに存在し、今や世界中で実用化検討が進んでいる代表的な幹細胞です。
その間葉系幹細胞は、とても多くの機能を持っていて、広い可能性を秘めているのがスゴいところ。普段、私たちの身体の中で間葉系幹細胞は、「膝が痛い!」となると膝に集まってきて、サイトカインと呼ばれる成分を出して痛い部分を治したり、軟骨などの組織が傷つくと、その部分に集まって組織に成り代わってくれたりすると考えられています。まるで“身体の中の修理屋さん”のように働く高い能力を持った細胞なので、「間葉系幹細胞を使えば、全身の幅広い病気を治せるのではないか?」と考え、研究を進めているのです。
※1 間葉系間質細胞とも呼ばれる
このように、間葉系幹細胞は全身に使えるのがとても魅力的な一方で、多機能ゆえに詳細が分かりづらいという面もあるのです。「効いているからOK」という考え方もあるかもしれませんが、何がどう効いているのか、どこにどう投与すればより効果的なのか、私たちはより深く見極めようと研究を重ねています。この考え方は真面目過ぎるのかもしれませんが、科学を追求するように真っすぐ向き合う姿勢こそが、ロート製薬らしさだと思っています。
脂肪由来間葉系幹細胞に期待される効果として
一般的に報告されている作用はさまざま
引用元:
Andrzejewska A. et al. Concise Review: Mesenchymal Stem Cells: From Roots to Boost. Stem Cells. 2019 Jul;37(7):855-864.
Stavely R. et al. The emerging antioxidant paradigm of mesenchymal stem cell therapy. Stem Cells Transl Med. 2020 Sep;9(9):985-1006.
ロート製薬が、間葉系幹細胞の細胞製剤で治験を始めたのは2017年。その時は非代償性肝硬変が対象でしたが、同じ製剤で、今では新型コロナ肺炎を含め、全身のさまざまな疾患へと治験の幅が広がっています。一つの細胞製剤でそれほど幅広い効果が期待できるのは、間葉系幹細胞だからこそ。もちろん治験を行うからには、その疾患の対象となる部位についての深い知識が必要なので、全身の治験となると、習得すべき知識の量は並大抵ではありません。それでも私たちが取り組むのは、この経験を通して、もっと“からだ”を深く理解することに繋がると考えているからです。
再生医療は世界中で日々研究開発が続く先端医療ではありますが、日本でも10品目以上の製品が厚生労働省に承認され、実は保険診療での治療も始まっています。例えば白血病などの血液のがんの治療では、他人の造血幹細胞の移植によって起こる激しい免疫反応を、間葉系幹細胞を投与することで抑えられたり、脊髄損傷の治療では、骨髄から間葉系幹細胞を取り出し、増やして投与すると、損傷部分に集まって炎症を抑えたり、神経に置き換わることが期待されているのです。
そんな医療の現場で新たな選択肢となる、より効果が高く、負担が少ない薬をお届けできるように。ロート製薬の細胞製剤を使って、多くの疾患で承認を目指して治験が進められています。
再生医療というと、iPS細胞やES細胞のように、細胞から臓器を作って移植するものと思われがちですが、間葉系幹細胞を使った再生医療は、それよりはもう少し手が届きやすいものです。脂肪を採取し、その中から幹細胞を取り出し、増やして患者さんに投与するという工程なので、いわばお薬で治療を受けるようなイメージです。
ここで重要になるのが、治療に使える量まで細胞を効率よく増やすことと、間葉系幹細胞の質を高めること。そのためには、質のいい“培地”が必要です。
培地とは、細胞を育てる栄養豊富な畑のようなもの。細胞はそこにある栄養成分を食べて育つので、培地次第で育つ幹細胞の量も質も変わります。そのため、栄養成分を豊富にそろえておきたいところですが、多すぎてもよくないし、栄養成分の種類や量、組み合わせによって、どんどん増える場合もあれば、全く増えないことも。 また、培養した間葉系幹細胞を身体に投与したあと、病態部位を治療する際に間葉系幹細胞がさまざまな成分を出し、それによって治療効果を発揮するという側面があると考えられています。ですが、細胞を培養する際の培地の種類によっては、その成分があまり出ないこともあるんです。
つまり、いい培地なら細胞はよく増えるし、自らもさまざまな成分をたくさん生み出す“活きのいい細胞”になる。そこでロート製薬は、そんな“活きのいい細胞”を作ろうと研究を続け、ついに理想の培地の一つを開発しました!
生きた細胞を育てるからこその問題も多く、理想の培地にたどり着くまでには果てしない苦労の連続。栄養成分のセレクトからそれぞれの成分の組み合わせ、配合量やバランス、各成分を入れる順番まで、全てが複雑に関係するのです。長年かけて何百種類もの試作の末についに完成した理想の培地は、まさに“秘伝のタレ”のようなもので、科学者の努力の結晶ともいうべきノウハウの塊。百種類以上の成分の一つを変えても完成しないというほどデリケートで貴重なレシピなので、とても厳重に管理されているんですよ。
ロート製薬の培地の特徴は安全性の高さです。
現在、幹細胞の培養には牛胎児の血清を使うのが一般的です。ただし、牛の伝染病やアレルギーなどが心配されることがあるうえ、生き物からいただくので、牛の体調や季節によっても品質がバラつくことが課題になっています。それなら、動物由来の成分に頼らず、きちんと組成が分かった成分で作ろうと考え、完成したのがこの培地なんです。
動物由来の原料を使っていないので、感染症やアレルギーの心配がないのは、安全性に関わる大きなメリット。もともと臨床試験を行ってきたからこそたどり着いた安全性や品質の高い培地は、国内や海外からも求められ、現在では一般販売するまでになりました。
また最近では、その培地を使って幹細胞を大量に生産する受託製造も行っています。再生医療が世界的に注目されている今、幹細胞の受託製造は成長市場であり、参入するメーカーが増えてきていますが、治験レベルの幹細胞を作れる企業は多くはありません。そんな中、ロート製薬が臨床で使えるほどの高い品質を満たす幹細胞を作れるのは、治験の経験や培地の技術はもちろんですが、目薬で培った無菌製造技術のおかげでもあるのです。
さらに、自由診療向けの幹細胞の委託製造も増えています。
日本では、2014年に施行された「再生医療等安全性確保法」という新しい法律によって、全額自己負担で高額になるものの、自由診療で承認前の再生医療を行うことが認められています。これは再生医療を自由に行えるという意味ではなく、安全な再生医療を迅速かつ円滑に普及させていくのが目的であり、安全性や妥当性について、厚生労働省が認めた審査機関※2での審査などを経て実施されます。現在では、脂肪幹細胞を使った再生医療が全国で274院、総届け出数443件(2021年12月時点)と、多くのクリニックで行われているんですよ。治療に使う細胞の製造には、極限まで雑菌やウイルスなどを排除したCPCと呼ばれる専用の施設が必要ですが、一般的な医療機関ではそのような施設を持つことは難しいため、ロート製薬にて自由診療向けの幹細胞の受託製造を行っているのです。
※2 認定再生医療等委員会
まだまだ一般的とはいえませんが、膝の痛みや更年期障害、シワ・たるみの治療などにも使われているように、再生医療は皆さんのすぐそばにやってきています。そしてその一翼を担っているのが、ロート製薬の技術です。
私たちは医療製品に関わってきた会社なので、安心安全が根底にあります。再生医療は最先端だからこそまだまだ不安に思われることもありますが、そんなイメージを払拭するためにも、事実を作っていくのがロート製薬の役目でもあると考えています。再生医療に対する信頼を築き、身近な存在になれるように、私たちはさらに研究開発を続けていきますので、ロート製薬の再生医療の成果にご期待ください。