みなさんは「フレイル」をご存じでしょうか?ここ数年で急に耳にすることが増えた言葉ですが、実は高齢社会の日本で、国を挙げて取り組みが行われている重要な問題です。
「フレイル」とは「frailty(フレイルティ)」=「虚弱」を語源とする言葉で、厚生労働省によると、「年を取って身体や心のはたらき、社会的なつながりが弱くなった状態」とされ、一般的には健康と要介護の中間的な状態として考えられています。そういうと高齢者だけの問題のように思えますが、中高年の方が「まだそんな年齢じゃないから」と軽く考えるのは要注意。
「フレイルといわれる状態は、既に症状が進行していて、その先に要介護になる可能性が大。少しでも進行を遅らせるには、その前段階の“プレフレイル”に気づくことと、若い頃からの心がけが大切です」と教えてくださったのは、長年、食による予防医学の研究に携わっておられる矢澤一良先生です。今回は、健康なうちに知っておきたい「フレイル」の基礎知識と、すぐに始めたい予防対策について教わりました。
<目次>
海外の老年医学の分野で使われる「frailty(フレイルティ)」は衰弱・虚弱を表しますが、日本で名付けられた「フレイル(老年症候群)」という言葉は、ただ衰弱していくばかりではなく、適切な手立てを打てば回復できることを表しています。フレイルを防ぐこと、またフレイル状態から回復することが、健康寿命を延ばすことにつながります。
教えてくださったのは、
早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構教授
規範科学総合研究所ヘルスフード科学部門 部門長
農学博士
矢澤 一良(やざわ かずなが)先生
京都大学を卒業後、企業や大学で予防医学を中心にヘルスフードの研究を続ける。監修した書籍は『機能性おやつ』(扶桑社)、『紅茶がこんなにカラダにいいなんて!』(現代書林)など多数。
一般的に、高齢者を対象にした「フレイル」は、主に筋肉・関節・骨が関係する運動機能と、心や認知機能が関係する脳機能の2つの分野を中心に考えられていますが、実はそれだけではありません。身体中いろいろな部位に起こりうるだけでなく、複数のフレイルが連鎖的に起こることもあるのです。
加齢によって、自然に筋力・筋肉量が減って「筋力フレイル」が起こり、脳では35歳以降、毎日10万個もの脳細胞が死滅し、残った脳細胞も萎縮して「脳フレイル」が起こります。すると、「筋力フレイル」によって基礎代謝が低下して「代謝フレイル」が起こり、それによってエネルギー消費が減ることで「内分泌フレイル」が発生。また、免疫力は加齢によって低下しやすく、生活習慣の悪影響が重なって「免疫フレイル」が起こると、さまざまな病気の重症化に関わると近年注目されている“軽度の慢性炎症”を引き起こすことにもつながります。さらに、「脳・精神フレイル」によって精神的疲労が増えると、家にこもりがちになって「社会的フレイル」を引き起こすことも。
このように、身体の部位や機能は互いにつながり影響し合っているので、一つのフレイルによっていくつものフレイルが連鎖的に起こり、「フレイルスパイラル」に陥ってしまうのです。
また現在、感染予防対策のために必要最低限の用事以外は外出せず、会話が減ってコミュニケーションが取りにくい状況は精神的に不安定になりがちです。さらに、外出や通勤もできないと、運動不足で筋肉が減ってしまうことも。そういった意味では、コロナ禍では誰もが「社会的フレイル」になりやすい環境なのかもしれません。
運動機能や脳機能の低下が注目される「フレイル」ですが、そのおおもとの原因の一つといわれるのが“慢性的な低栄養”です。低栄養によって筋肉量が減るだけでなく、筋肉量が減ることで代謝が下がり、食欲も下がって、さらに低栄養が進むという悪循環が起こるのです。
低栄養といってもカロリーが低いという意味ではなく、問題なのは栄養素のバランス。例えば、妊娠中の女性は葉酸(ビタミンB群の一種)不足になりやすく、本人は健康でも胎児にマイナス影響を与えやすいことはよく知られています。人間に必要な3大栄養素は炭水化物・タンパク質・脂質ですが、それらを消化吸収するためには酵素や補酵素が欠かせないので、ビタミン・ミネラルも必要です。それなのに、好き嫌いで野菜を食べなかったり、逆に野菜しか食べなかったり、暴飲暴食・過度なダイエットを続けていると、低栄養につながり、フレイルの原因に。つまり、年齢や性別にかかわらず、フレイルが起こる可能性は誰にもあるのです。なるべく早くからバランスのよい食事を心がけていただきたいですね。
矢澤先生のお話で、フレイルはもはや他人事とは思えなくなってきた人も多いのではないでしょうか。先ほどもご紹介しましたが、フレイルになってしまうと、その先は要介護状態になりがちです。そうなる前に、“プレフレイル”の状態で気づくことが大切だから、まずはセルフチェックをしてみましょう。
<最近こんなことありませんか?当てはまる項目をチェック!>
※国立長寿医療研究センター(2020年改訂 日本版CHS基準)より引用
上記の5つの項目のうち、当てはまる項目が3つ以上ある場合はフレイルの可能性あり。1~2つはプレフレイル、つまり予備軍の状態にあると言えるそうです。さらに、歩幅が狭くなってきた、階段で足が引っかかる、よくつまづく、という場合もプレフレイルのサインです。どのチェック項目も意外と身近な内容が多く、今は大丈夫でも、近い将来は安心していられなさそうに思えますね。
そこで、今度は少しでもリスクを低くするための予防策を教わりました。
高齢者だけでなく、フレイルのリスクは誰にでもあるうえ、いつ起こっても不思議ではありません。だからこそ知りたい予防策について、気になる疑問と合わせて教えていただきました。
―セルフチェックにもありましたが、痩せることはよくないのですか?
痩せるということは栄養失調が起こっているということです。年を取ると自然に筋力や筋肉量が減少するので、それに伴って食欲が低下し、低栄養になり、ますます筋力が落ちるという悪循環が起こります。また、がんやその他の病気が進行している場合にも急激に体重が落ちることがあります。つまり、何もしないのに体重が急激に減るのは、身体の中で何かが起きているサイン。若い頃は、メタボの観点からも太りすぎはよくないイメージがありますが、高齢者は痩せることもリスクになるのです。
一般的に肥満度を表すBMI(Body Mass Index)では22程度が標準とされていますが、実は最も寿命が長いのは、少し太めと言われる25程度の人という説もあるんです。それを超えると高血圧や高血糖などが心配ですが、高齢に差しかかってきたら痩せすぎにならないように、また急激に痩せることのないよう気をつけてください。
―フレイルを予防するために、何をすればいいですか?
まずは筋力を低下させないように、運動することが大切です。どんなに高齢の方でも運動すれば必ず筋肉はつきます。逆に言えば、運動することでしか筋肉は増えません。もちろん、スポーツをしたり、ジムで鍛えるのもいいのですが、手軽に始められるのがランニングです。いきなり走るのが無理ならウォーキングでもいいのですが、ダラダラ歩くのは効果的ではありません。冬でも軽く汗をかく程度に、早足で30分ぐらい歩くように心がけましょう。その際、歩幅を自分の足のサイズの半分ぐらい(靴のサイズが24cmなら12cm程度)広めに歩くとさらに効果的です。私は筋力アップのために、通勤時はエスカレーターを使わず、階段を2段飛ばしで上がるようにしているんですよ。
低栄養を防ぐために食事にも一工夫を。最近の研究では、間食=おやつが健康にいいことが分かってきています。食事の合間に空腹になりすぎると、ごはんを食べた時に血糖値が急激に上がり、身体に負担をかけてしまいます。そこでオススメしたいのが、朝食と昼食の間、昼食と夕食の間のおやつです。本来はカロリー計算も必要なのですが、簡単に取り入れるなら、栄養バランスの取れた朝昼晩の食事を基本にしつつ、糖質だけを少し減らし、その分をおやつに当ててもいいですね。
あるいは、日頃の食事で不足しがちな栄養素をおやつで補うのも一つの手です。筋肉量が減少しがちな高齢者は、筋肉のもととなるタンパク質がより多く必要です。それを補うには、タンパク質が豊富で、それを代謝するのに必要なビタミンやミネラル、さらに、脳フレイル予防に抗酸化・抗糖化機能を持つポリフェノールやカロテノイドなども摂れるようなおやつが理想的。全部一度に摂れる食材を探すのは難しいですが、プロテインや青汁、グリーンスムージー、あるいはマルチビタミンのようなサプリメントなどで摂るのもオススメです。
最近注目を集めている「オーラルフレイル」は、かむ(咀嚼)力や飲み込む(嚥下)力、話す(口を動かす)力の低下、口腔細菌の増加が問題です。咀嚼力や嚥下力を鍛えるには、個人的にはのどを使うカラオケが有効だと思うのですが(笑)、それ以外にも、あえて硬い食材を選んでよくかむ習慣をつけること、そしてよく話すためにも楽しく食事するのが理想的です。また、増えた口腔細菌を飲み込むことで、内臓疾患に影響が及ぶこともあるので、しっかり歯磨きをして口腔内を清潔に保ちましょう。
例えば、急激にホルモン分泌が減ってくる更年期は、「ホルモンフレイル」による現象の一つです。また、筋肉量や筋力は何もしなければ30歳前後から落ちてきます。そう考えると、フレイルは決して遠い将来の話ではなく、いつ自分に起こるか分からない身近な問題です。だからこそ、自分の身体や今の生活を見直して、できることからフレイル予防を始めていきましょう!