昔から紀州、大和と伊勢を結ぶ交通の要として知られる三重県中央部の多気町。地名が示すように“多くの気を育む場所”としても知られています。
そんな多気町の山間地区を活かして誕生したのが、未来型複合リゾート施設「VISON」です。東京ドーム24個分に相当する約119ヘクタールという広大な敷地には、“命を喜ばせる”というテーマのもと、農園やマルシェ、レストラン、アトリエ、ホテル、温浴施設や体験施設などが、まるで美しい村のように広がっています。
ロート製薬は施設開発の合同会社に参画、その中核の一つである「本草エリア」を担当しました。本草エリアでは、「都会の喧騒や日々の生活で弱ってしまった五感を呼び覚まし、季節や自然を感じつつ、自身の身体が求めているものを感じてほしい」との願いを込めて、薬草や自然の力を取り入れた“本草湯”を提供しています。
医薬品に始まり、化粧品や身体を作る“食”、さらには食を生み出す“農業”にも取り組んできたロート製薬が新たに挑んだ“本草湯“とは?
今回は現代を生きるすべての人に知っていただきたい、魅力あふれる癒やしの湯をご紹介します。
<目次>
語ってくれたのは、
ロート製薬 経営企画部 ロートネーム:ソーマちゃん
VISON本草研究所にて、製造・薬草園の管理を担当。
ロート製薬が生産から物流を手掛ける上野テクノセンターは三重県にあります。私たちにとって第二の故郷のような三重県ですが、なんと2019年には女性の健康寿命日本一に輝いた健やかな地域なのです。
私たちは、その地に息づく文化や伝統を学び、地域の素材を活かした健康学を確立するために、また、地域の活性化に貢献するために、以前から三重大学と共同研究を続けてきました。それと前後し、地方創生を目的とした複合リゾート開発を産官学連携して多気町で行うという企画が立ち上がり、共同研究の成果を発信する場になればと考え、地元に関連する企業数社による合同会社「三重故郷創生プロジェクト」に参画。そこから「VISON」が誕生したのです。
複合リゾート施設といっても、「VISON」はただ食事やショッピングを楽しむだけの施設ではありません。和食文化の奥深さを学んだり、林業が盛んな三重県らしく、木や森を活かした“木育”や農業体験もできます。その日、その場所にしかない“本草湯”で「こころ」と「からだ」を休め、楽しみながら五感が目覚めるような体感・体験のできる場所なのです。
「VISON」にある各エリアは多様性に富んでいますが、いずれも三重県や日本の伝統文化を軸にしているのが特徴。ロート製薬が担当している「本草エリア」も、多気町の自然と伝統に現代の新しい知見を融合させています。
多気町には「丹生(にゅう)」と呼ばれる地域があります。“丹”という字は朱色や薬を意味します。
アンチエイジング(抗加齢)が叫ばれる今日同様、昔の人々も「不老長寿」に憧れ、いつまでも姿形の変わらない金属を不変の命を持つものと考えていました。この地域では古代に水銀材料の「丹砂(別名:辰砂=硫黄と水銀の化合鉱石)」の採掘が行われ、“薬(丹)が生まれる”場所ということから「丹生」と呼ばれるようになりました。「丹」の生まれる場所で育った植物、その植物を食べる動物は、私たちの健康や治療に役立つ食材や薬になると考えられてきたのです。
交通の要であったことから、山の幸も海の幸も流通し、薬の原料も豊富にある。そんな恵まれた場所だからこそ、私たちはエネルギーの多い場所=多気と解釈しています。いわゆるパワースポットですね(笑)。
もう一つ、丹生で誕生したのが“暦”です。今でいうカレンダーのような暦は、昔は種まきや収穫時期などの農事の目安として重宝されてきました。でも、桜の開花時期に見られるように、日本の季節は地域によってズレがありますよね。そこで、その地域に合った暦が作られるようになり、丹生ではいち早く室町末期に“丹生暦”が作られていたんです。
2022年にロート製薬は創業123年を迎えました。製薬会社である一方、「薬に頼らない製薬会社」とのスローガンも掲げ、「本当の健康は薬が必要なくなることではないだろうか」「薬に頼らずとも健康を育む手段はないだろうか」と考えています。だからこそ、病気を未然に防ぐ、あるいは自分の力で治す身体本来の“健康力”を高める方法を常に探っているのです。
その一つが身体を作る食事であり、食材やきれいな空気を生み出す自然であり、古人が育んできた知恵や伝統にあると考えています。それらのすべてが揃っている多気町で、私たちが注目したのが“本草”でした。
“本草”とは、身体に作用して薬となる天然物のこと。その多くが薬草だったことから“草”の字がついていますが、動物や鉱物も含まれ、それらは現在では“生薬”と呼ばれています。本草を研究する“本草学”は、奈良時代に中国から日本に伝わり、江戸時代に徳川吉宗が奨励したことで広く認知されるようになりました。また、本草を研究する人は“本草家”と呼ばれ、多くは医師を兼ねていたといわれています。
当時、紀州藩領であった多気や松阪は、野呂元丈、丹羽正伯、植村政勝をはじめとする“本草家”を多く輩出した地でもあり、本草の考え方が地域に根ざしているんです。
私たちは三重大学との共同研究で、昔の本草の考え方や伝統をそのまま活かすのではなく、現代の分析技術や試験方法を用いて、踏襲のみならず進化させ、独自の解釈を行いました。時代と共に人々のライフスタイルもライフサイクルも変わっているので、古くとも今使えるように仕立て直したのです。“伝統は積み重なる”といわれますが、まさしく守るのみならず、発展させてこそ今に生きる本草の魅力が広がると思います。
「多気町の伝統である“本草”と“丹生暦”。両者を活かして健康や幸せにつながる何かができないか」
そのような発想の下、「本草を活かしたお風呂、薬草湯を作ろう」ということになりました。
私は長年、製薬会社で仕事をしてきましたが、お客様から冷え性や月経不順などのお悩みを聞く機会がよくあります。その際に生活習慣をお聞きすると、お風呂に浸からずにシャワーだけで済ませている方が非常に多いんです。それでは芯から温まることはできませんよね。身体を温めるには湯船に浸かるのがベストですし、お風呂が身体に良いことは誰でも知っているはず。忙しくてついシャワーで済ませてしまう方も、「健康に良い薬草のお風呂がある!」となれば、きっと入りたくなるんじゃないかと考えたんです。
さらに、その薬草湯をより魅力的にしたのが、“丹生暦”です。暦には1年を立春や夏至といった“二十四節気”で表すこともありますが、その節気をさらに約5日ごとに三等分した“七十二候”というものがあります。細分化することで、季節や季候の変化をより身近にしたのです。
今回私たちは、地域の風土や神事にも詳しい文筆家の千種清美さんにお願いし、各候に美しい名称を付けてもらいながら、一緒に薬草を選んで「本草七十二候」を完成させ、それに基づき温浴施設や薬草湯を“本草湯”と名付けました。
“本草湯”は概ね5日ごとに種類が変わるので、年間72種類のお風呂が楽しめるんです。どのお風呂も概ね5日限りなので、次は1年後にしか入れないプレミアム感も面白いですよ。
浴場は“光陰”と“水鏡”の2種類があり、日替わりで男女の入れ替えがあります。
※写真はイメージです
“本草湯”は薬草湯だけを表すものではありません。季節や季候を感じていただきたいので、その時の脱衣場のしつらい、ここにしかない静寂、空気、満天の夜空、風、香り、鳥や虫の音も大事な要素。そんな自然の中に身を置いてみると、五感すべてが研ぎ澄まされ、今の自分には何が必要なのかを教えてくれるような気がします。本来は、季節や体調の変化を自分で感じ取ることができるのが健康な状態ですが、ストレスの多い現代の生活では、そんな感覚が弱りがちですよね。
自然の力を活かすと同時に“本草湯”に浸かると血行が良くなり、新陳代謝が促され、身体全体の機能が活性化されます。また、湯気がのどや鼻の粘膜を潤し、異物の侵入を妨げたり、香りが自律神経に働きかけるような工夫がなされています。
なぜか、ここに来てくださったお客様の多くは、幸せな気持ちになっておられるように見えます。「VISON」でゆったりと“本草湯”を楽しんでいただいて、「普段はあまり香りを感じなくなっていたんだな」と思ったら、家に帰ってから香りのよい花を飾ったり、精油を使うのもいいですね。そんなふうに暮らしに変化が生まれるきっかけになればうれしいです。
まるで竹林のような待合室でも心身を整えられます。
「本草エリア」に構える「本草研究所」では、薬草湯に関わると同時に地域の課題解決に向けた試みも行っています。例えば後継者のいない休耕地に実った柑橘類を薬草湯の原料に利用したり、摘果される果実の活用方法などを大学や研究機関と共に研究しています。
自然と伝統を活かした“本草湯”も、社会的な課題解決や地域の活性化も、みんながハッピーで健康に過ごすというロート製薬が考えるWell‐Beingに結び付きます。私たちはこれからも、美と健康や人々の幸せのために、新しいチャレンジを続けていきたいと思います。