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2021/02/03

発熱やせき、抑えるだけでいい? 風邪に負けない身体を作る、漢方薬の選び方

1〜2月は、1年の中でもっとも寒さが厳しくなるとき。空気も乾燥し、風邪が流行しやすい時期です。
発熱や、せき、鼻水など風邪の不快な症状が現れると、解熱薬やせき止め薬といった、“その症状を抑える薬”を使っていませんか?今は特に人前でせきをするのは気になるもの。早くなんとかしたい、と思うかもしれません。
風邪のつらい諸症状を長引かせないために、解熱薬やせき止め薬を使うことも大切ですが、それはあくまで対処療法。風邪を根本から治しているわけではありません。
風邪に負けない身体作りには、実は漢方薬が効果的。漢方薬は、人が持つ“病気と戦おうととする力”を高めて、根本からの治癒に導きます。
風邪に効果を発揮する漢方薬や服用するタイミングなどを、漢方医、内科医の渡辺賢治先生に伺いました。

渡辺賢治先生

教えてくださったのは

修琴堂大塚医院院長 慶應義塾大学医学部 漢方医学センター客員教授
渡辺賢治 先生

慶應義塾大学医学部卒業後、同大医学部内科、米国スタンフォード大学遺伝学教室で免疫学を学び、帰国後、漢方を学ぶ。慶應義塾大学医学部漢方医学センター長、慶應義塾大学教授を経て、2019年より現職。著書に『漢方医学』(講談社学術文庫)、『マトリックスでわかる 漢方薬の使いわけの極意』(南江堂)、『未病図鑑』(ディスカバー・トゥエンティワン)などがある

風邪の不快な症状はウイルスを排除する仕組み

風邪は正式には【風邪症候群】と呼ばれるもので、原因の80〜90%は、数100種類にも及ぶウイルスによるものです。
風邪の症状は、発熱、せき、くしゃみ、鼻水、たん、下痢など、どれも不快なものですが、実はそれは、人類が感染症との長い戦いの中で獲得した防御機能。身体の中に入ったウイルスや細菌を排除するための、とても大切な仕組みなのです。
発熱は、熱に弱いウイルスや細菌を死滅させる重要な役割が。せき、くしゃみ、鼻水、たん、下痢はウイルスや細菌を身体の外に出そうとする役割があります。ですから、本来はそれらを止めるべきではないのです。
例えば、蚊が媒介する感染症で高熱などの症状が現れる【デング熱】は、解熱薬を使うと重症化することがあります。細菌が付着した食品を摂取することで下痢などの症状が現れる【O157感染症】も、下痢止めを使うと重症化することがわかっています。
このように、人間がウイルスや細菌を排除しようと力を止めてしまうと、症状が悪化するリスクが高くなってしまうのです。

【葛根湯/かっこんとう】は身体を温める漢方薬

人間には、ウイルスや細菌を排除する仕組みに加えて、ウイルスや細菌が入ってきた場合でも、それらをやっつけて身体を守る免疫システムが備わっています。それを最大限に引き出すのが漢方薬です。
ウイルスや細菌に直接働くわけではありませんが、人間が持つ、治ろうとする力を高めるものですから、相手がどんなウイルスや細菌でも戦えると言えます。
風邪ならば、【葛根湯】がよく知られています。葛根湯を飲むと、全身が温まります。体温が上がることで、ウイルスや細菌と戦える状態になります。
風邪薬として認識している人が多いと思いますが、身体を温め、血行もよくしますから、肩こりや頭痛にも効果があります。

葛根湯は「風邪のひきはじめに飲む」と言われていますが、“ひきはじめ”とは、どのタイミングだと思いますか? 実はせきや鼻水が出はじめたときではありません。わずかでも悪寒があるとか、いつもより身体が冷えたと感じたときです。私たちは、絶えず身体にウイルスや細菌が入り込む環境にいます。せきや鼻水などの症状が出たときには、気づかないうちに入り込んだウイルスや細菌がすでに増殖した状態。ですから、せきや鼻水が出る前、「もしかしたら風邪をひいたかも」と、体調の変化を感じたときに服用するのが理想。風邪を悪化させる前に飲むものですから、常に手元に置いておくと便利です。私は、冬場はカバンの中に入れて常に持ち歩いているのですよ。

葛根湯は、飲み方も重要です。せっかく体温を上げようとしているのに、アイスクリームを食べて身体を冷やしてしまってはよくありません。
水よりも白湯で飲む。熱いお湯に溶かしてお茶をすするように飲むのもいい方法です。温かい食事をとって、温かい布団で眠る。汗をかいたら、身体を冷さないように着替えることも忘れずに。翌朝スッキリ目覚められたら、風邪の原因となるウイルスや細菌をきちんと追い出せたしるしだと言えます。

風邪の悪化や、予防にも。漢方薬は幅広い対応が可能

2〜3日ほど葛根湯を飲んでもよくならない、風邪が悪化してしまった場合には、別の漢方薬を使います。その代表的なものが【小柴胡湯/しょうさいことう】や【柴葛解肌湯/さいかつげきとう】です。
小柴胡湯は、たんが絡むせきがあり、食欲が落ちる、口の苦み、吐き気が起こるなどの症状が現れてきたときに。それらの症状に加えて、悪寒や、高熱が出た場合には柴葛解肌湯を服用するのがいいでしょう。
疲労がたまっているときも、防衛能力が弱まって風邪をひきやすくなります。疲れを感じたら、【補中益気湯/ほちゅうえっきとう】を服用すると風邪の予防にもなります。
漢方医学では、胃腸の弱まりによって免疫力が低下すると考えられていますから、胃腸の働きをよくする【六君子湯/りっくんしとう】を使うのもひとつの方法です。
生理不順で、生理前になると風邪をひきやすいという人には【当帰芍薬散/とうきしゃくやくさん】がその助けになるでしょう。

同じ風邪でも、症状や進行は人によって異なりますし、悪化させてしまうきっかけもそれぞれです。漢方薬は、多角的なアプローチで、その人の“治ろうとする力”を高めるもの。それぞれの身体の状態に応じて幅広く対応できるのが漢方薬の強みだと言えます。

未病を改善し、健康へ導くのが漢方の役目

漢方薬での治療は、症状を軽症で収める、重症化を予防するのが目標。大火事にならないよう、ぼやのうちに火を消し止めるようなイメージです。
病気は、症状が出たときが始まりではありません。例えば心筋梗塞は、激しい胸の痛みが起こったときに初めて病気だと自覚する人が多いのですが、それ以前に、高血圧やコレステロール高値があり、動脈硬化が静かに進行しています。痛みが起こる前からずっと、体内に異変が起こっているわけです。
同じように、風邪の症状が出たときは、すでにウイルスや細菌が体内で増殖している状態。こじらせると肺炎を起こすことにもなりますから、“先制攻撃”で外敵を撃退するのが理想です。さきほどお話した葛根湯は、まさにそんな漢方薬です。
漢方医学には、未病という考え方があります。病気ではないけれども、健康ではない。病気と健康の間、いつ病気になってもおかしくない状態が未病です。この未病を改善し、健康へ導くことが漢方薬の役目。早め早めに、自分の体調の変化に気づくことが大切です。
そのためには適切な食事、睡眠、運動を取り入れた生活を送り、万全の状態を心がけることです。いつも体調が万全であれば、わずかな変化でも気づくことができるはずです。

漢方薬には、“効き目がおだやか”という印象があるかもしれませんが、風邪に対してはしっかり鎮める力があります。
いつもと体調が違う、おかしいとな、と感じたら、できるだけ早く飲む。身体の状態にあった漢方薬を選んで、ウイルスや細菌に負けない身体へ導きましょう。

※漢方薬にも副作用はあります。漢方に詳しい医師・薬剤師と相談の上、服薬してください

4人のメンバーがいいね!と言ってます。
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